2015年05月12日

安倍訪米とマスコミの矜持C

 日本の首相が米上下両院合同会議で演説したのは初めてで、日米外交史に残る画期的なものですが、華やかな側面だけに目を奪われてはいけないと思います。
 率直に言いましょう。なぜ米国は、安倍首相をこれほどまでに歓待したのでしょうか。もてなしぶりは「国賓級」だったのです。
 結論から言えば、世界の力の均衡が明らかに変わったからでしょう。
 戦後70年を迎えた今、世界情勢は新たな緊張状態に入っています。ウクライナ・クリミヤ併合≠ナ明らかになったロシアの強引な軍事介入がたたって、ロシアは主要国首脳会議(サミット)のメンバーから外され、一方で南シナ海の海洋権益確保を既成事実化する中国の強大な軍事力・経済力を背景にした貪欲な海洋進出がアジア情勢に新たな火種を持ち込むなど世界の安全保障環境は急変してしまいました。
 米国の影響力の低下、発展途上にあるG20各国が世界政治に物申す力を付け、先進各国もこれを無視できなくなってきています。そうした世界情勢の中で登場した安倍政権は昨年7月、憲法解釈を変えて集団的自衛権行使容認、自衛隊の海外派兵を可能にしました。「世界平和」支援のため積極的に行動しようというものです。安倍首相はその準備を着々と進め、今度の日米首脳会談、米議会の演説で確約したわけです。

 米国はもともと、日本に軍事的貢献を迫ってきました。「Show the Flag」(旗幟を鮮明にしろ)、「Standing on the ground」(観客席で見ていないでグランドに降りて来い)と、事あるごとに日本に迫っていたのです。口では日米関係が基軸、対等な協力関係、価値観の共有を口にしながら、いざとなると憲法9条を盾に具体的な軍事的貢献を拒否してきた日本を快く思っていなかったのです。
 日本ができたことはせいぜい非軍事的なPKO活動。それも、解釈はさまざまですが、実際に戦闘が行われていない「非戦闘地域」に限定してきた。
 それが安倍政権の誕生で一変、日本の「存立」に関わる事態には、堂々と集団的自衛権の行使ができるようになったのです。それも日本の周辺と限定してきた自衛力の行使を、日本とのかかわりの度合いによっては世界のどこにでも派遣できるようにしようというものです。
 米国の軍事力、能力は今でも群を抜くものであることには変わりはありません。しかし、それが財政的な問題や紛争介入に対する世論の反対でこれまでのように機能しなくなってしまいました。世論の厭戦気分に加えて財政的に手が回らなくなったとも言えるのです。
 そんな折に安倍首相が「積極的平和主義」を掲げて、米国とともに行動、連携しようと役割分担を買って出たのですから、米国としては、まさに「渡りに船」です。これまで再三言ってきたことが、今度は日本自らが「俺がやる」と言い出したのだから米国が喜ぶのは当然でしょう。
 安倍訪米が異例なほど歓待され、オバマ大統領の「下にも置かないもてなし」の裏に、米国の苦しい国内事情があったのです。
 そうした裏事情を見通せば、今度の安倍訪米をどう位置付けるべきなのか、日本のマスコミは考えるべきだったのではないでしょうか。いたずらに訪米を評価、米国の高反応を伝えるだけでは、一般読者や視聴者は真相を知るすべはありません。報道各社は、自らの立ち位置を真剣に見直すべきではないのでしょうか。

 訪米前からマスコミの関心は、安倍首相が歴史認識でどのような言葉を使うかでした。「未来志向」にこだわる首相が想定する戦後70年の談話に世界は注目しているからです。首相の本音としては、いつまでも「過去」にこだわるよりも、もっと今後の日本の役割を明確にしたいということですから「侵略」とか「おわび」を使いたくなかったはずだったし、現に演説では先の大戦への「痛切な反省」を言いましたが、「侵略」も「おわび」という文言はありませんでした。
 首相にすれば、米議会演説は「70年談話」の露払いのようなものです。日米関係の過去の歩みを振り返りながら現在の「和解」を演出、今後の米国とともに歩む日本の役割をにじませたことに典型的に表れています。

 今回の首相訪米の「成果」をどう報道したか。前述したように米国のかつてないような歓待を華々しく伝え、世界平和に「大きな貢献」を買って出た首相の意気込みを紹介するだけでは、「御用マスコミ」と言われかねず、権力を監視する存在としてのマスコミとは、とても言えません。
 報道人として常に心に期しておかなければならないのは、「疑問を持つ」ことです。華々しく打ち上げられる「成果」なるものの裏に、何か「取り引き」がないか、「裏があるのではないか」といった目で見る習慣です。これが新聞記者、報道人としての本能です。疑問を持たない報道などは、単なるレポーターにすぎません。
  ×
 自民、公明両党は11日、新しい安全保障法制を構成する11法案の内容で正式に合意しました。集団的自衛権行使の要件を明記し、日本の防衛から「国際貢献」に至るまで切れ目のない対応を掲げて自衛隊の海外での活動を一段と拡大するものです。
 解釈改憲による集団的自衛権の行使の法的裏付け論議がいよいよ国会で具体的に始まることになります。「積極的平和主義」「国際平和支援」が独り歩きしないよう、マスコミはもっと政権監視の目を見開かなければならない段階に来たといえます。 (おわり)
posted by 裁判官 at 10:35| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

安倍訪米とマスコミの矜持B

 こんなに首脳会談を高く評価していいものなのでしょうか。
 新ガイドラインの柱となる安全保障法制は与党内の協議が続いている段階だったし、法案もまとまっていません。にもかかわらず、安倍首相はオバマ大統領に集団的自衛権行使の根拠となる法案を「今年夏までに成立させる」とまで言い切りました。国会審議を前に、早々と米国に成立を約束してしまったのです。
野党は一斉に反発していますが、首相はどこ吹く風です。自民の1強多弱、安倍1強の国会ですから、首相は自分で何でもできると思ったのかもしれません。

 勢い込む首相に警鐘を鳴らした新聞もあります。
 毎日新聞は30日付の社説は「日米同盟 中国けん制に偏らずに」と次のように指摘しています。
「演説で際立ったのは、中国の軍事的拡張や中国中心の経済秩序を日米同盟によって抑止またはけん制しようとする意図だ。
 首相はアジアの海について『三つの原則』を提起した。国際法に基づいて主張すること、自己主張のために武力や威嚇を用いないこと、そして紛争の解決は平和的手段によること、である。
 名指しこそ避けたものの、中国向けに語られたことは明らかだ。環太平洋パートナーシップ協定(TPP)についても『単なる経済的利益を超えた、安全保障上の大きな意義がある』と強調した。」

 東京新聞も同日付の社説「日米首脳会談 物言う同盟でありたい」でこう書いています。
「首相は首脳会談後の共同会見で「中国の海洋進出などを念頭に『いかなる一方的な現状変更の試みにも一致して断固反対する』と表明し、大統領も中国による南シナ海での岩礁埋め立てや施設建設に日米が懸念を共有していることに言及した。」

 日米同盟の重要性を強調するあまり、歴史問題で強硬な中国をヤリ玉に上げるようでは、アジア情勢を逆に難しくするのではないか、という指摘です。誰だって、自分を「敵役」にされていい気はしないし、対抗措置を取るのは目に見えているからです。 (つづく)
posted by 裁判官 at 10:20| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年05月08日

安倍訪米に見るメディアの矜持

 のっけからマスコミ批判をするのも気が引けますが、
最近の報道で「それはないよ」と腹立たしいと言うより、唖然としてしまったのは訪米した安倍首相の米議会上下両院合同会議での演説と、これを伝える日本マスコミの中身でした。
 首相演説は何と例えればいいのか、適当な言葉を探すのも気が滅入るくらい、内政を飛び越した見事≠ネまでの演説でした。米国人が喜びそうな「言葉」をこれでもかというほど散りばめ、不似合な「演技」を織り交ぜながらの語り口には、思わず「そこまで言っていいのか」と思うほどでした。
 オバマ流のしぐさとも言える親指と人差し指で輪を作って議員らに訴える身振り、太平洋戦争の日米両軍の激戦地・硫黄島の戦いで上陸した海兵隊中将と日本軍を率いた栗林忠道中将の孫の新藤前総務相を議場に招き「握手」させて見せ、「熾烈に戦い合った敵は、心の紐帯が結ぶ友になった」とアピールし、「真珠湾」「バターン」といった第2次世界大戦の戦場の名前にも言及、日米の和解を演出したパフォーマンスは議員らの喝采を呼んだことはご承知のとおりです。
 先の大戦の過酷な教訓を自ら言い出し、その上に立って日米の現在の友好を揺るがない同盟と位置付けた演説は、2020年の「東京オリンピック」招致を決定づけた首相演説同様、万全の準備を整えたものであったことは間違いありません。
 名女優や名俳優がバーチャルな世界を演じてみせる姿に、私はいつも演技者の業を感じます。バーチャルな世界があたかも現実であるかのような錯覚を観客に思わせるのは、訓練された演技のたま物なのです。
 だが、これは政治には当てはまりません。政治は現実であり、外交は国益を懸けてその現実を実現するものなのだからです。
 その意味で、安倍演説は日本の政治を場違いな演出で「現実」にしてしまいました。まるで、小中学生の学芸会の演劇を一国の政治指導者が演じてしまったようなものです。
 日本の政治、とりわけ国際舞台での政治指導者たちの立ち居振る舞いのぎこちなさ、下手さは誰もが知っています。世界的な問題で多くの貢献をしながら、それに見合った評価が得られないのは、政治家も官僚も各国にその貢献度を説得できていないからなのです。
 例えば、1990年の湾岸戦争で日本は130億ドルもの財政支援をしながら戦争終結後、クウェート政府が発表した感謝国リストに〈JAPAN〉の名はありませんでした。そんな気の遠くなるような国家予算を投じ多国籍軍を支援しながら、日本が目の当たりにした現実は「おカネで済ませようとした」現実に対する世界の冷笑でした。
 戦略なき経済大国の「外交敗戦」のトラウマが日本外交に根強く潜み、これが安倍首相の生来の「戦後レジームからの脱却」が「集団的自衛権行使」「積極提平和主義」を呼び、今度の米議会での演説で日本の針路を国際公約としてしまったのです。
 首相演説のさらなる間違いは法案もまとまっていない集団的自衛権行使に向けた安保法制を今年夏までに成立させると断言したことです。首相の頭には、国会審議もこれからの安保法制の国内論議は何とでもなるという思いがあったのでしょう。
 ここにも自民党の1強多弱、政権内では安倍1強という驕りがあったことは間違いありません。少しでも政治に謙虚さがあれば、国内を頭越しに米国議会で公約≠キることなどありえないことです。
 そんな天にも昇るような安倍演説に日本のマスコミはどう対応したでしょうか。米国の主要メディアは放送を例にとれば、わずか20秒間のニュースだったと言います。安倍、オバマ両氏の共同会見も、日米関係とは全く無関係な人種問題が会見の3分の1を占めたということです。
 安倍訪米を克明に伝えた日本メディアの中身は、次に書くことにします。
posted by 裁判官 at 23:34| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする