2015年07月17日

ロビー活動を忘れるな

韓国の対日批判に反論するのはいいが、


もっと基本的な外交努力が不足していることを反省すべきではないか。



日本外交のロビー活動の弱さは今に始まったことではないが、前進していないどころか後退している。


急務はロビー活動の強化、その人材登用である。机上の外交論がまかり通る時代ではない。

財政問題でODA予算が減り続けているが、減額に合せるように、途上国を含めた各国の評価が下がりっぱなしなのが現状だ。


その穴を埋めるのは1にも2にも外交力の強化しかない。


派手な外交を口にするよりも、現実の足元を見定めた「外交」を身に付けるべきだ。



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2015年07月16日

取材意欲失せたかNHK

NHKは今日も迷走してしまった。


予定にもなかった衆院本会議を午後1時からのニュースを延長して中継、見事に安保法案可決まで放映した。


今朝の新聞のラテ面で国会中継がないのに驚き、NHKは最後まで安保法制問題に距離を置くのかと合点したのだったが。


今国会最大の問題と自らニュースではやし立てておきながら、「中継なしは総合的判断」などと安倍首相ばりのコメントをしていた。


それがネットで炎上すると一転、カメラを回し始めたので、視聴者は逆に怒りを爆発させた。


もうこうなると「公共放送とは?」などとのんきなことは言っておれない。


出先の記者たちは局幹部の迷走に記者の本分たる取材意欲を失せてしまっているのではないか、と真面目に心配になってくる。


米国の知日派のアーミテージではないが、「旗幟を鮮明にしろ」と言いたくもなる。


政権の「いじめ」の対象になってしまったのは、何もNHKだけではない。


民放各局も、もって瞑すべし。政権の攻撃に敢然と戦う沖縄の地元2紙を見習うべきだろう。




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2015年07月07日

「国家、国民を守ると言って戦争をしてきた」

昨年7月の解釈改憲以来、安倍政権は積極的平和主義の旗印のもと安保法制の完成に躍起となっています。世論の大多数がその危険性を感じ反対していますが、政権が民意の不安に応える努力はほとんど見えません。首相は「基本的に憲法の枠内」と法制の正当性≠強調しますが、憲法改正を党是とする自民党の憲法草案を見れば、見事なくらい戦前回帰の思想に彩られています。国民が権力を縛る立憲主義を根底から覆す草案の基本理念は、独裁国家、専制国家のそれです。欧米民主主義国家では、考えられない「国民の権利の制限や義務」をそろえています。

以下の特集をお読みください。

 

特集ワイド:自民党改憲案 アノ独裁国家そっくり?

毎日新聞 2015年06月30日 東京夕刊

憲法学が専門の早稲田大の水島朝穂さんだが、安保問題も得意分野。研究室には古書店やオークションで集めた旧日本軍や自衛隊の機密資料すらある=東京都新宿区で、吉井理記撮影
憲法学が専門の早稲田大の水島朝穂さんだが、安保問題も得意分野。研究室には古書店やオークションで集めた旧日本軍や自衛隊の機密資料すらある=東京都新宿区で、吉井理記撮影

北朝鮮・平壌での軍事パレード=2013年7月、共同
北朝鮮・平壌での軍事パレード=2013年7月、共同

 「独裁政治」とまで言われている。安全保障関連法案成立に突き進む安倍晋三政権のことだ。最近も自民党の勉強会で「安保法制や安倍政権を批判するメディアを懲らしめろ」との声が上がったばかり。どこの独裁国家か、と思うが、実は自民党が掲げている憲法改正草案からして、北朝鮮や共産党一党独裁の中国の憲法と似てきているのだ。【吉井理記】

 ◇文化、歴史に特定の見方 「国民の義務」多く

 まず、次の文章をお読みいただきたい。

 (1)「公民は国家の法および社会主義的生活規範を守り(中略)尊厳を守らなければならない」

 (2)「全て国民は、この憲法を尊重しなければならない」

 (3)「国民は憲法および法律を順守し(中略)社会の公徳を尊重しなければならない」

 (1)は北朝鮮憲法82条、(2)は自民党憲法改正草案(2012年)102条、(3)は中国憲法53条だ。どれも国民の憲法尊重義務、つまり「国民は憲法を守れ」ということだ。

 もっともらしく聞こえるが、今の憲法にこんな規定はないし、主要7カ国(G7)首脳会議参加国のうち米国、英国、フランス、カナダにもない。残り2カ国、ドイツ、イタリアはナチズムやファシズムへの反省という歴史的理由から、自由や民主主義をうたう憲法の擁護義務を国民に課している。ちなみに韓国や豪州はもちろん、旧大日本帝国憲法にもない条文なのだ(ただし憲法発布時の「勅語」には「臣民は憲法に対し従順義務を負う」とある)。

 「ここに自民党の目指す国家像が透けて見える」と指摘するのは、憲法学を専門とする早稲田大教授の水島朝穂さんだ。「まず憲法は国家権力を縛る目的で制定するもので、国民を縛り、従わせるためのものではないのです。これが立憲主義、つまり近代国家の基本であり憲法を守る義務すら国民に押しつけてはならないという考えで、だからこそ米英仏などには規定がない。自民党の改憲案はそこを逆転させ国民を縛る、という。北朝鮮や中国に近い考え方です」

 歴代政権や憲法学者が違憲とした集団的自衛権行使を「『限定的』なら合憲」と独自論理を展開し始めた安倍政権。保守派で改憲派の慶大名誉教授の小林節さんも「法の支配を無視した独裁政治だ」(22日の衆院平和安全法制特別委など)と批判してきたのはご存じの通りだ。その「独裁政治」の最たる北朝鮮や中国そっくりの条文、自民党改憲案のあちこちにある。

 水島さんが解説する。「改憲案の前文は『日本国は長い歴史と固有の文化を持ち、国民統合の象徴である天皇を戴(いただ)く国家であって……良き伝統と……』などとある。憲法に文化や歴史、伝統について特定の見方を書き込むのも北朝鮮や中国と同じです」

 確かに中国の前文は「中国は世界で最も古い歴史を有する国の一つである。中国の諸民族人民は、ともに輝かしい文化を築き上げ、栄光ある革命の伝統をもっている」、北朝鮮も「(北朝鮮は)偉大な領袖(りょうしゅう)金日成同志と偉大な指導者金正日同志の思想と指導を具現した主体(チュチェ)の社会主義祖国である」とある。

 自民党は「前文は、我が国の歴史・伝統・文化を踏まえた文章であるべきですが、現行憲法にはそうした点が現れていません」(党作成の問答集)と主張するのだが、水島さんは「何を根拠に言っているのでしょうか。少なくともG7(前文自体がない英国を除く)で歴史やら文化やらを書き込んだ国はありません。多様な意見を共生させていくのが立憲主義の基本であり、自由民主主義です。だからこそ、憲法は特定のモノの見方に踏み込むことに抑制的なんですが……」とため息をつく。

 さらに改憲案の最たる特徴がある。水島さんは「義務や権利制限は、独裁国家、社会主義国の特徴です」とした上で、先ほどの憲法尊重義務のような「国民の義務」の多さを指摘するのだ。

 数え方にもよるが、改憲草案は「国防」(前文)「国旗・国歌の尊重」(3条)「自由・権利に伴う責任・義務」(12条)「家族の助け合い」(24条)「地方自治体の役務の公平な負担」(92条)「緊急事態宣言下での国・自治体の指示への服従」(99条)「憲法尊重」(102条)と、新たに七つの規定を設けた。現在もある納税、勤労、教育の三つを加えると10になる。中国は11、北朝鮮は8だ。付け加えれば、改憲案は「国の領土・資源の保全」「環境保全」で「国民の協力」も書き込み、これを「事実上の義務」と見る識者もいる。

 「自民党の問答集に『立憲主義は義務規定を設けることを否定しない』とあるが、疑問です。欧米の自由主義諸国では義務規定は極めて少なくかつ例外的。自民党案はこの点でも北朝鮮や中国と似るんです」(水島さん)

 なぜこんな改憲案が出てくるのか。小林さんは「今の自民党は世襲議員だらけ。子供のころから『若殿様』のように周囲から扱われ、エリート意識がある。だからこんな『上から目線』の憲法ができあがる」とあきれていた。

 もちろん、そんな人ばかりでは決してないだろう。それでも「上から目線」傾向、タカ派として知られる清和会が自民党最大派閥になってから、より顕著になったらしい。

 ある自民党議員は「小泉純一郎、福田康夫、安倍と清和会出身首相は多くが世襲。あそこは血の派閥なんだ。強権的かは分からんが、ここ十数年で党全体がタカ派的な、風通しが悪くなったような印象を(国民は)受けるかもしれない。改憲は必要だとは思うが……」と言葉少な。確かに今度の安保法制でも、声を上げて疑問をぶつけるのは元行革担当相の村上誠一郎衆院議員ぐらいだ。そう言えば村上さんも「今の党内は『物言えば唇寒し』。議員が固守すべき立憲主義の危機なのに、誰も声を上げない」と嘆いていた。

 ◇自由、ここにあったのに……

 自民党結党14年にあたる1969年に制作した党のイメージソング「話しあいのマーチ」をご存じだろうか。非売品で、関係者に配布されたレコードのようだ。水島さんがその貴重な1枚を持っていた。作詞は星野哲郎さん、水前寺清子さんが熱く歌いあげる。安倍首相、そして全自民党議員にぜひ聴かせたい。

 ♪云(い)いたいことはなんでも云える 自由がここにあるんだぜ(中略)心と心の 空間を みんなの意見で埋めよう 互いに一歩 近よるだけで 場面はぐっと 広くなる 話しあおうよ 隠さずに 話しあおうよ 恐れずに……

 時の首相は佐藤栄作氏。安倍首相の大叔父である。より国民を縛る改憲案を作り、安保法案を批判する憲法学者ら各界の声を「学者は憲法9条の字面に拘泥し過ぎる」(高村正彦副総裁)と無視する自民党。まさか朝鮮労働党や中国共産党を手本にしているわけではなかろうが、これでは「自由民主」の名が泣くのではないか。

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2015年06月28日

「脳漿」を絞って考えよう

安倍政権になびく経済界にも気骨のあるリーダーがいた。
朝日新聞(28日付朝刊)2面の「日曜に想う」が紹介している。
説明は抜きに、お目通しを。

・・・・・・・
(日曜に想う)安保、「脳漿」絞って考え抜く夏 特別編集委員・星浩

 経済同友会代表幹事の小林喜光・三菱ケミカルホールディングス会長は、とてもユニークな経営者だ。イスラエルのヘブライ大学で化学を学び、博士号を持つ技術者。「成長優先」を唱える財界人が多いなかで「成長に期待するだけではいけない。社会保障や環境といった分野で、持続可能な制度を設計しなければならない」と説く。4月の代表幹事就任あいさつも個性的だった。政策課題などについて「脳漿(のうしょう)を絞って議論し、解決策を導こう」と語った。「脳漿とは脳内の液体のことらしいが、今どき、そんな言葉を使う企業人は珍しい」と事務方も驚いた。

 小林氏の言葉を引いたのは、ほかでもない。国会で議論されている安全保障法制について、政治家たち、とりわけ政権を担っている自民党の国会議員たちは「脳漿を絞って」いるかと思ったからだ。古賀誠・元自民党幹事長を訪ねた。2012年に政界を引退した後も若手議員の指南役を続けている。

 「海外の大学で法律や経済などを学んで、政策の知識が豊富な若手は多いけれど、本当に大事な知恵を持っているのかどうか。政治家に必要なのは判断力と度胸。国の行方を左右する安保法制だというのに、勉強不足だ。考え抜いた議員はほとんどいない。そして発信する度胸もない。この10年で自民党はおかしくなったね」

     *

 確かに安保法制をめぐって、自民党は全党的な論議を繰り広げることはなかった。安倍晋三首相が先頭に立って法整備の旗を振ってきたのに対し、党の総務会で村上誠一郎・元行革担当相が異論を唱えた程度だ。中堅議員からこんなぼやきを聞いた。

 「党の会議に出ると、安保法制に最も詳しく、弁護士でもある高村正彦副総裁が中央にドンと座っている。おかしな意見を言ったら、すぐに論破されそうだから黙っている。すると、あっという間に『了承』となってしまう」

 その昔、消費税導入や衆院の選挙制度改正などでは、怒鳴り合いやつかみ合いが珍しくなかった。あの頃に比べると、様変わりだ。安保法制について自民党内で活発な論議が欠けているから、メディアも伝えない。その結果、世論の理解は深まらず、「よく分からない」人が多くなっているのだ。

 「この10年」といえば、自民党は二つの苦い経験をしている。まず、郵政民営化。05年、小泉純一郎首相は「郵政を民営化すれば社会保障も外交も、すべて良くなる」と叫び、反対派を徹底的に追い詰めた。党を除名し、解散・総選挙では「刺客」と呼ばれる対抗馬を擁立。これを見ていた自民党の政治家たちは、総裁・首相に盾突くと、いかに厳しい仕打ちが待っているかを思い知った。

 もう一つは野党への転落だ。09年、自民党内の混乱が深まり、衆院選で民主党が圧勝、自民党は3年3カ月の野党暮らしを強いられた。自民党本部には中央省庁の幹部も財界の首脳も顔を見せなくなり、政治資金も激減。「党内で対立すると選挙に響くのではないかと心配している。野党になることへの恐怖心が強すぎる」(古賀氏)という見方は的を射ている。

     *

 そして、安倍首相を応援する議員による勉強会である。「沖縄の二つの新聞社はつぶさなあかん」と語る作家に抗議する声はなく、「マスコミを懲らしめるには広告収入がなくなるのが一番」と公言する議員がいた。安保法制をしっかり学び、有権者に粘り強く説明すべき大事な時期。妄言を重ねている暇はないはずだ。自民党の「劣化」を端的に示す光景だと思う。

 通常国会は95日間延長された。安保法制は憲法違反の疑いが強く、日本が国際社会で生きるための構想も欠けている。作り直すのが筋だろう。それでも会期延長で時間ができた。政治家たちが「脳漿を絞って」考え抜いているのか、それとも真剣な論争を進めないまま「数」で押し切っていくのか。じっくりと見極める夏である。
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2015年06月27日

虚勢を恥じなさい

自民党の若手議員による勉強会「文化芸術懇話会」なるものを初めて知った国民がほとんどだろう。

安倍首相の肝いりでNHKの経営委員に就いたのはいいが、発言が過激すぎて身を引いたばかりだが、今度は自民党の勉強会に講師として招かれ、「沖縄の新聞2紙はつぶした方がいい」と言い放った。

また、「どこか離島が中国に奪われれば(自分たちの主張が間違っていたと)気付くだろう」とも。

講演後の質疑で議員の質問に答える形で「冗談で言った」と本人は言うが、冗談にしても公器の新聞を捕まえてあまりにも常軌を逸した発言だ。

まぁー、彼のこれまでの言動を見れば予想された発言だが、こんな講師を招いた議員たちの、今という時期をわきまえない無神経さに驚く。

安倍1強で自分たちまで偉くなってしまったと勘違いして、世間が見えなくなった議員たちの無知ぶりをさらけ出したわけだ。

さらに許せないのは安保法制に疑問を書き続けるマスコミに対する「懲らしめるには広告収入をなくせ」などといった暴論である。

彼らがばかばかしい程非常識なことを言い出す裏を推し量ると、

安保法制の先行き不透明さが濃くなった政局が心配になって、親分を力づけようとでも思い立ったのだろう。

まるで、ひと昔前の任侠映画のストーリーそのものではないか。

そんな行動に出れば野党を勢いづけ、逆に親分を窮地に追い込むことになると考えなかったのだろうか。

もっとも、そうした配慮があれば、もっとまともな勉強会を持っただろう。

彼らの短慮で思い出すもう一つ狙いは、官邸首脳がのろしを上げた9月の「内閣改造」を意識したポスト狙いの忠臣ぶりのアピールだ。

首相周辺の安保法制の先行きに対する危機感は日に日に高まっている。

与党内でさえ、安倍首相や菅官房長官の強行突破路線に懸念を示し始めている。

「改造」のアドバルーンは、そんな党内の動きに先手を打って引き締めようというものであることは間違いない。

安倍シンパの若手議員の懇談会が、そんな政権中枢の思惑を感じ取って、いち早く親分に気に入られそうな勉強会を持ったというわけだ。

何のことはない、極めて底の浅い猟官運動なのである。

悲しむべきは、こうした短慮な連中が国会議員バッジをつけて国政にかかわっている現実である。

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2015年06月25日

ヒヨッコ議員が動き出した

予想どおり永田町が動き始めた。

政権首脳が先日漏らした秋の「内閣改造」のささやきの効果が早速表れたわけだ。

http://www.jiji.com/jc/c?g=pol_30&k=2015062500903
 
安倍政権にとって大幅延長した今国会は、否応なしに混乱が避けられない。

与党の圧倒的多数で押し切ろうにも、安保法制の違憲判の広がりで分かるように、力任せの国会運営はできない。

もし、我慢できずやろうものなら、その跳ね返りは「倍返し」となるだろう。

加えて安倍首相の居場所がないような沖縄での「慰霊の日」の追悼式だ。

首相のあいさつに罵声が飛び交うなどは、信じ難いほどの沖縄県民の安倍不信を示している。

辺野古移設などとてもできそうにない状況だが、首相の考えが変わろうはずもない。

結果、表れるのは県民、特に高齢者に犠牲が出るような事態だ。

仮に不測の事態が起きたら、普天間の辺野古移設にとどまらず、沖縄の基地問題は最悪の局面を迎えるだろう。

加えて、立ちはだかるのが原発再稼働である。

「内閣改造」のささやきに走り出した若手は、いわゆる「安倍チルドレン」がほとんどだ。

彼らはしょせん、使い捨てされないよう忠臣ぶりをアピールしたいだけの話。

何だか、「子ども国会」を見ているような気がしてきた。


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2015年06月24日

私見の「談話」は必要ない

安倍首相が考えていた閣議決定を要する「首相談話」はできそうもないから、個人的な考えを込めた「首相の談話」と「の」を入れた談話を考えているらしい。

しかし、よくもまぁ、そんなことまで考えるもんだとおかしくなってしまう。

 戦後70年の節目だから、首相としては何としても「未来志向」の談話を世界に発したかったのだ。

 首相が頭に描いていたのは、過去の村山談話、小泉談話のような「過去」を振り返るのではなく、もっと日本が世界に果たす役割を示そうというものだった。

 ところがこの思惑が首相の歴史認識に絡んで、国内だけでなく国際的にも問題視されるようになった。どうもうまくいきそうもないと分かって方向転換したわけである。

 だが、そこまでして「談話」を出す必要があるのか。

 大体、「の」が入らない談話と、入った談話を英語に翻訳する場合はどうする。

 「の」が入ろうが入るまいが、世界は「首相談話」と見るに決まっている。

 それに、いちいち「ことわり」や「注釈」を付けるつもりなのだろうか。
 
 私見の談話など全く必要ない。無意味だと村山元首相も批判している。

 自分を中心に世の中が回っているわけではない。

 東京・永田町では誰も怖れをなして物申さないが、もう少し、自己主張、持論を控えてみたらどうだろう。

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2015年06月14日

安保法制と被災地訪問

 安倍首相が屋久島町を訪問した。爆発的噴火で全住民が避難した鹿児島県屋久島町の口永良部島の被災状況を確認するためだ。
 テレビに映し出された首相は、避難所の老人施設で避難民らを慰労、激励して帰京した。膝を折り言葉をかける首相に住民はさぞ喜んだことだろう。「いつ島に戻れるか」―――住民の不安は尽きない。高齢者の多い住民の心のケアをどうするかも深刻な問題になり始めている。
 昨年来の連続する自然災害に、人智を超える自然の脅威を思わざるを得ない。政治にできることは限られているが、行政の初動、その後の被害対応が十分だったか、改めて検証すべきだろう。

 ところで首相の屋久島入りの意味を別の角度から少しばかり考えてみたい。
 周知のごとく、国政は集団的自衛権行使を巡る安保法制の審議で上を下をの大騒ぎだ。国会に呼ばれた3人の憲法学者が与党、野党推薦の立場を超えて安保法制は「違憲だ」と断じ、安保法制の「そもそも」まで議論が戻ってしまった。安倍1強に恐れをなして物言わぬ与党議員に義憤を感じた、今でこそ議員バッジをつけていないが戦争を知る長老議員だった4人も日本記者クラブで会見、怒りと憂いを口にした。
 安保法制が国民に分からないだけでなく、当の政権与党の議員たちでさえ理解できないのだから、今さらながら安倍政権の「急ぎぶり」への反発が強まっている。日を追うごとに法制に対する国民の批判が高まり、国民のうっ憤は爆発寸前と言っていい。
 この数日、与党内にも政権の急ぎ過ぎ、説明不足を言い出す声が聞かれるようになったが、なぜか政権首脳らに危機感が感じられない。間もなく期限がくる今国会の会期を延長して法案成立を図るべく、腰の定まらない野党の一部にくさびを打ち込んで突破口を開こうとしている。何が何でも今国会中に安保法制を成立させるための、あの手この手をひねり出すだろう。なにせ、法案提出前に米国で「今夏に成立させる」と断言してしまったのだから、今さら、引っ込みがつかないのである。

 安倍政権にとっては一刻の猶予もないはずなのに、屋久島入りした意図は一体何なのか。圧倒的多数の「数」でいずれ押し切れると踏んでの訪問なのか、あるいは口永良部住民を心配しての訪問なのかは分からない。
 だが、私は首相が逆風が吹き始めた世論の局面転換を狙っての屋久島入りではないかと推測している。
 なぜか――――。
 安保法制に懸けた首相の執念は並みでないことは言うまでもない。国会の特別委員会で見せる強気の答弁、質問者にヤジを飛ばし後でさらりと謝ってみせたかと思えば、今度は「早く質問しろよ」と民主党の女性議員に面と向かって言う見下す言葉。言論の府とは言い難い発言である。
 「女性が輝く」「女性の役割を尊重する社会」などといった、自ら掲げた政権のスローガンを当の本人が破り捨てるような言葉を臆面もなく口にする。成長戦略の柱とも言った女性への尊敬の念などまるでない。
 そうした傲岸不遜な態度を、どこかに置き忘れたかのような屋久島の避難所でのしおらしい言葉に安倍首相の老獪さ∞計算づく≠ェ見える。
 不安をかこつ住民の声に耳を傾け、精一杯の努力、支援を約束する映像は、何とも情≠ノ満ちて国会審議での横柄さも薄めてくれるようだ。首相が膝を折って、目線を同じくして語り掛けられれば、純朴な住民は「首相が支援を約束してくれた」と喜ぶのは当然だ。
 膝を折って同じ目線で被災者と言葉を交わす―――天皇、皇后両陛下の被災地慰問の姿だった。ひょっとして、首相も両陛下の真摯な姿を思い浮かべ、真似たのかもしれない。
 国会審議で野党の追及に「丁寧に説明する」「寄り添って」などと言いながら、現実は安保法制にしろ、沖縄・辺野古問題にしろ、国の方針をごり押しにしている。そんな首相が国会での独演がウソのようなしおらしい姿をテレビで何度も見せられれば、視聴者の心象も少しは揺れるというものだ。テレビニュース映像の効果は大なのである。 
 首相は今回だけでなく、東日本大震災で甚大な被害を蒙った岩手、宮城、福島の3県へ頻繁に足を運んだ。「東北の復興なくして、日本の復興はない」と、何度言っただろうか。
 首相の被災地訪問は、不思議と国政が熱くなっている時期に重なる。日程の都合だと言われればそんな理由も否定しないが、首相の硬軟両面の素顔がタイミングよく組み合わされている。今年2月の岩手、宮城県の被災訪問は施政方針演説を終えた直後(同月末は福島訪問)、5月末の訪問は安保法制を巡る与野党の駆け引きがヤマ場に差し掛かっていた時期だ。
 首相の東北被災地訪問は20回を超えた。「月に1回は被災地を見る」の約束を守っている。その行動力は認めるが、誰もが気になるのは訪問先の「復興ぶり」だ。復旧から復興が着実に進む地域を見せたいと思う首相側近の気持ちは分からいではないが、もっと生々しい被災地の現状、住民が寄り付けない地域を首相の目に留まらせることがなぜできないのか不思議でならない。
 
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2015年06月13日

安倍パフォーマンスの足元を衝く

尖閣列島海域の雲行きがおかしくなっている。

中国軍が海域での公船による警戒から無人機を投入しての監視強化に乗り出すという。

http://www.47news.jp/CN/201506/CN2015061201002192.html

一方、中国は浙江省温州に大型基地建設を計画、尖閣海域への監視態勢をさらに強めるという。

http://mainichi.jp/shimen/news/20150613dde001030061000c.html?fm=mnm

まさに、尖閣海域は「波高し」である。

わが政権、貧弱な自衛隊の手勢を知ってかしらでか、世界のどこにでも自衛隊を派遣したいようだが、肝心の日本周辺の安全保障を一体どう手当てするつもりなのかが全くない。

かつて民主党政権の「政治遊び」には辟易したが、安保法制論議は、性懲りもなく同じことを繰り返しではないか。

中国の警戒態勢強化は、集団的自衛権行使の安保法制で混乱する安倍政権の足元を見てのゆさぶりだ。

現状は文字どおり、矛盾・・・「矛」と「盾」のつばぜり合いの状況を呈している。

中国の出方に過敏に反応するのは下の下、国民の与り知らぬ気宇壮大な積極的平和主義がもたらした東アジアの緊張≠セ。

意味の分からぬ「戦略的互恵関係」という念仏にかまけて、真の外交を脇に置いたやり口は底が見えている。

戦争を知らぬ政権の暴走に歯止めをかける手立てを、皆で考えましょう。

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2015年05月12日

安倍訪米とマスコミの矜持A

 安倍首相の訪米で注目すべきは、日米関係のこれまでにない緊密さを世界に発信したことです。発信せざるを得なかったと言った方が正確かもしれません。
 なぜでしょうか。
 安倍首相は上下両院合同会議で行った演説で、戦後の日米関係を縷々(るる)説明した後、「私たちの同盟を『希望の同盟』と呼びましょう」と呼び掛けました。なかなか堂に入った名調子≠ノ米議員たちは立ち上がり拍手を送りました。議員らの総立ち≠ヘ十数回に及んだといいます。日本の政治家で、こんな演技をこなした人はいませんでした。
 だからでしょう、安倍政治に理解が深い読売新聞は「首相演説 賞賛の45分 大戦『悔悟』 米議会沸く」(4月30日付夕刊1面トップ)と大々的に報じました。
 同様に産経新聞も1面で「首相『日米希望の同盟』」、3面では「価値観共有を宣言 対中安保『お互いのため』」と、日米同盟が新たな段階を迎えたことを前向きに伝えています。

 社説も見てみましょう。読売新聞はこう書いています。(アンダーラインは筆者)
 「戦後70年の節目に、日米両国が世界の平和と繁栄の維持に向け、主導的な役割を果たす意志を明示した意義は大きい。歴史的な会談と言える。
 かつて戦火を交えた日米両国が和解し、強固な同盟を築き、さらに「希望の同盟」を目指す。そんな未来志向のメッセージは、米側に十分伝わったのではないか。」

 産経新聞の「主張」はこうです。(アンダーラインは筆者)
「首脳会談後の会見で、大統領は日本を「地球規模のパートナー」と位置付け、歓迎式典では同盟が「未来に照準を合わせている」とも語った。首相は「同盟が世界の平和と繁栄に主導的な役割を果たす」と会談で応えた。自由と民主主義、基本的人権、法の支配といった、同盟の根幹にある基本的価値の共有を両首脳が改めて強調した意義も大きい。」


 「歴史的な会談」「基本的な価値観の共有」「未来志向」――両社説が言わんとするのは、両首脳が合意した水も漏らさぬ同盟・連携を最大級に評価していることです。
 そして両紙はさらに、首脳会談に先立って行われた日米外務、防衛担当閣僚会議(2プラス2)で18年ぶりの改定に合意した「日米防衛協力のための指針」(ガイドライン)が日米同盟を一段と強化するだけでなく、オバマ大統領のアジア重視のリバランス(再均衡)戦略に役立ち、これに環太平洋経済連携協定(TPP)の早期妥結ができれば「政治、経済両面で世界に着実に貢献する。それこそが、『希望の同盟』を実現する道だろう」(読売)と論じています。
 まさしく、安倍首相が好んで使う「切れ目のない同盟」が完成に向けて大きく前進したということです。
 こんなに首脳会談を高く評価していいものなのでしょうか。 (つづく)
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