2015年06月28日

「脳漿」を絞って考えよう

安倍政権になびく経済界にも気骨のあるリーダーがいた。
朝日新聞(28日付朝刊)2面の「日曜に想う」が紹介している。
説明は抜きに、お目通しを。

・・・・・・・
(日曜に想う)安保、「脳漿」絞って考え抜く夏 特別編集委員・星浩

 経済同友会代表幹事の小林喜光・三菱ケミカルホールディングス会長は、とてもユニークな経営者だ。イスラエルのヘブライ大学で化学を学び、博士号を持つ技術者。「成長優先」を唱える財界人が多いなかで「成長に期待するだけではいけない。社会保障や環境といった分野で、持続可能な制度を設計しなければならない」と説く。4月の代表幹事就任あいさつも個性的だった。政策課題などについて「脳漿(のうしょう)を絞って議論し、解決策を導こう」と語った。「脳漿とは脳内の液体のことらしいが、今どき、そんな言葉を使う企業人は珍しい」と事務方も驚いた。

 小林氏の言葉を引いたのは、ほかでもない。国会で議論されている安全保障法制について、政治家たち、とりわけ政権を担っている自民党の国会議員たちは「脳漿を絞って」いるかと思ったからだ。古賀誠・元自民党幹事長を訪ねた。2012年に政界を引退した後も若手議員の指南役を続けている。

 「海外の大学で法律や経済などを学んで、政策の知識が豊富な若手は多いけれど、本当に大事な知恵を持っているのかどうか。政治家に必要なのは判断力と度胸。国の行方を左右する安保法制だというのに、勉強不足だ。考え抜いた議員はほとんどいない。そして発信する度胸もない。この10年で自民党はおかしくなったね」

     *

 確かに安保法制をめぐって、自民党は全党的な論議を繰り広げることはなかった。安倍晋三首相が先頭に立って法整備の旗を振ってきたのに対し、党の総務会で村上誠一郎・元行革担当相が異論を唱えた程度だ。中堅議員からこんなぼやきを聞いた。

 「党の会議に出ると、安保法制に最も詳しく、弁護士でもある高村正彦副総裁が中央にドンと座っている。おかしな意見を言ったら、すぐに論破されそうだから黙っている。すると、あっという間に『了承』となってしまう」

 その昔、消費税導入や衆院の選挙制度改正などでは、怒鳴り合いやつかみ合いが珍しくなかった。あの頃に比べると、様変わりだ。安保法制について自民党内で活発な論議が欠けているから、メディアも伝えない。その結果、世論の理解は深まらず、「よく分からない」人が多くなっているのだ。

 「この10年」といえば、自民党は二つの苦い経験をしている。まず、郵政民営化。05年、小泉純一郎首相は「郵政を民営化すれば社会保障も外交も、すべて良くなる」と叫び、反対派を徹底的に追い詰めた。党を除名し、解散・総選挙では「刺客」と呼ばれる対抗馬を擁立。これを見ていた自民党の政治家たちは、総裁・首相に盾突くと、いかに厳しい仕打ちが待っているかを思い知った。

 もう一つは野党への転落だ。09年、自民党内の混乱が深まり、衆院選で民主党が圧勝、自民党は3年3カ月の野党暮らしを強いられた。自民党本部には中央省庁の幹部も財界の首脳も顔を見せなくなり、政治資金も激減。「党内で対立すると選挙に響くのではないかと心配している。野党になることへの恐怖心が強すぎる」(古賀氏)という見方は的を射ている。

     *

 そして、安倍首相を応援する議員による勉強会である。「沖縄の二つの新聞社はつぶさなあかん」と語る作家に抗議する声はなく、「マスコミを懲らしめるには広告収入がなくなるのが一番」と公言する議員がいた。安保法制をしっかり学び、有権者に粘り強く説明すべき大事な時期。妄言を重ねている暇はないはずだ。自民党の「劣化」を端的に示す光景だと思う。

 通常国会は95日間延長された。安保法制は憲法違反の疑いが強く、日本が国際社会で生きるための構想も欠けている。作り直すのが筋だろう。それでも会期延長で時間ができた。政治家たちが「脳漿を絞って」考え抜いているのか、それとも真剣な論争を進めないまま「数」で押し切っていくのか。じっくりと見極める夏である。
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2015年06月27日

虚勢を恥じなさい

自民党の若手議員による勉強会「文化芸術懇話会」なるものを初めて知った国民がほとんどだろう。

安倍首相の肝いりでNHKの経営委員に就いたのはいいが、発言が過激すぎて身を引いたばかりだが、今度は自民党の勉強会に講師として招かれ、「沖縄の新聞2紙はつぶした方がいい」と言い放った。

また、「どこか離島が中国に奪われれば(自分たちの主張が間違っていたと)気付くだろう」とも。

講演後の質疑で議員の質問に答える形で「冗談で言った」と本人は言うが、冗談にしても公器の新聞を捕まえてあまりにも常軌を逸した発言だ。

まぁー、彼のこれまでの言動を見れば予想された発言だが、こんな講師を招いた議員たちの、今という時期をわきまえない無神経さに驚く。

安倍1強で自分たちまで偉くなってしまったと勘違いして、世間が見えなくなった議員たちの無知ぶりをさらけ出したわけだ。

さらに許せないのは安保法制に疑問を書き続けるマスコミに対する「懲らしめるには広告収入をなくせ」などといった暴論である。

彼らがばかばかしい程非常識なことを言い出す裏を推し量ると、

安保法制の先行き不透明さが濃くなった政局が心配になって、親分を力づけようとでも思い立ったのだろう。

まるで、ひと昔前の任侠映画のストーリーそのものではないか。

そんな行動に出れば野党を勢いづけ、逆に親分を窮地に追い込むことになると考えなかったのだろうか。

もっとも、そうした配慮があれば、もっとまともな勉強会を持っただろう。

彼らの短慮で思い出すもう一つ狙いは、官邸首脳がのろしを上げた9月の「内閣改造」を意識したポスト狙いの忠臣ぶりのアピールだ。

首相周辺の安保法制の先行きに対する危機感は日に日に高まっている。

与党内でさえ、安倍首相や菅官房長官の強行突破路線に懸念を示し始めている。

「改造」のアドバルーンは、そんな党内の動きに先手を打って引き締めようというものであることは間違いない。

安倍シンパの若手議員の懇談会が、そんな政権中枢の思惑を感じ取って、いち早く親分に気に入られそうな勉強会を持ったというわけだ。

何のことはない、極めて底の浅い猟官運動なのである。

悲しむべきは、こうした短慮な連中が国会議員バッジをつけて国政にかかわっている現実である。

posted by 裁判官 at 17:46| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年06月25日

ヒヨッコ議員が動き出した

予想どおり永田町が動き始めた。

政権首脳が先日漏らした秋の「内閣改造」のささやきの効果が早速表れたわけだ。

http://www.jiji.com/jc/c?g=pol_30&k=2015062500903
 
安倍政権にとって大幅延長した今国会は、否応なしに混乱が避けられない。

与党の圧倒的多数で押し切ろうにも、安保法制の違憲判の広がりで分かるように、力任せの国会運営はできない。

もし、我慢できずやろうものなら、その跳ね返りは「倍返し」となるだろう。

加えて安倍首相の居場所がないような沖縄での「慰霊の日」の追悼式だ。

首相のあいさつに罵声が飛び交うなどは、信じ難いほどの沖縄県民の安倍不信を示している。

辺野古移設などとてもできそうにない状況だが、首相の考えが変わろうはずもない。

結果、表れるのは県民、特に高齢者に犠牲が出るような事態だ。

仮に不測の事態が起きたら、普天間の辺野古移設にとどまらず、沖縄の基地問題は最悪の局面を迎えるだろう。

加えて、立ちはだかるのが原発再稼働である。

「内閣改造」のささやきに走り出した若手は、いわゆる「安倍チルドレン」がほとんどだ。

彼らはしょせん、使い捨てされないよう忠臣ぶりをアピールしたいだけの話。

何だか、「子ども国会」を見ているような気がしてきた。


posted by 裁判官 at 23:10| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年06月24日

私見の「談話」は必要ない

安倍首相が考えていた閣議決定を要する「首相談話」はできそうもないから、個人的な考えを込めた「首相の談話」と「の」を入れた談話を考えているらしい。

しかし、よくもまぁ、そんなことまで考えるもんだとおかしくなってしまう。

 戦後70年の節目だから、首相としては何としても「未来志向」の談話を世界に発したかったのだ。

 首相が頭に描いていたのは、過去の村山談話、小泉談話のような「過去」を振り返るのではなく、もっと日本が世界に果たす役割を示そうというものだった。

 ところがこの思惑が首相の歴史認識に絡んで、国内だけでなく国際的にも問題視されるようになった。どうもうまくいきそうもないと分かって方向転換したわけである。

 だが、そこまでして「談話」を出す必要があるのか。

 大体、「の」が入らない談話と、入った談話を英語に翻訳する場合はどうする。

 「の」が入ろうが入るまいが、世界は「首相談話」と見るに決まっている。

 それに、いちいち「ことわり」や「注釈」を付けるつもりなのだろうか。
 
 私見の談話など全く必要ない。無意味だと村山元首相も批判している。

 自分を中心に世の中が回っているわけではない。

 東京・永田町では誰も怖れをなして物申さないが、もう少し、自己主張、持論を控えてみたらどうだろう。

posted by 裁判官 at 19:05| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年06月14日

安保法制と被災地訪問

 安倍首相が屋久島町を訪問した。爆発的噴火で全住民が避難した鹿児島県屋久島町の口永良部島の被災状況を確認するためだ。
 テレビに映し出された首相は、避難所の老人施設で避難民らを慰労、激励して帰京した。膝を折り言葉をかける首相に住民はさぞ喜んだことだろう。「いつ島に戻れるか」―――住民の不安は尽きない。高齢者の多い住民の心のケアをどうするかも深刻な問題になり始めている。
 昨年来の連続する自然災害に、人智を超える自然の脅威を思わざるを得ない。政治にできることは限られているが、行政の初動、その後の被害対応が十分だったか、改めて検証すべきだろう。

 ところで首相の屋久島入りの意味を別の角度から少しばかり考えてみたい。
 周知のごとく、国政は集団的自衛権行使を巡る安保法制の審議で上を下をの大騒ぎだ。国会に呼ばれた3人の憲法学者が与党、野党推薦の立場を超えて安保法制は「違憲だ」と断じ、安保法制の「そもそも」まで議論が戻ってしまった。安倍1強に恐れをなして物言わぬ与党議員に義憤を感じた、今でこそ議員バッジをつけていないが戦争を知る長老議員だった4人も日本記者クラブで会見、怒りと憂いを口にした。
 安保法制が国民に分からないだけでなく、当の政権与党の議員たちでさえ理解できないのだから、今さらながら安倍政権の「急ぎぶり」への反発が強まっている。日を追うごとに法制に対する国民の批判が高まり、国民のうっ憤は爆発寸前と言っていい。
 この数日、与党内にも政権の急ぎ過ぎ、説明不足を言い出す声が聞かれるようになったが、なぜか政権首脳らに危機感が感じられない。間もなく期限がくる今国会の会期を延長して法案成立を図るべく、腰の定まらない野党の一部にくさびを打ち込んで突破口を開こうとしている。何が何でも今国会中に安保法制を成立させるための、あの手この手をひねり出すだろう。なにせ、法案提出前に米国で「今夏に成立させる」と断言してしまったのだから、今さら、引っ込みがつかないのである。

 安倍政権にとっては一刻の猶予もないはずなのに、屋久島入りした意図は一体何なのか。圧倒的多数の「数」でいずれ押し切れると踏んでの訪問なのか、あるいは口永良部住民を心配しての訪問なのかは分からない。
 だが、私は首相が逆風が吹き始めた世論の局面転換を狙っての屋久島入りではないかと推測している。
 なぜか――――。
 安保法制に懸けた首相の執念は並みでないことは言うまでもない。国会の特別委員会で見せる強気の答弁、質問者にヤジを飛ばし後でさらりと謝ってみせたかと思えば、今度は「早く質問しろよ」と民主党の女性議員に面と向かって言う見下す言葉。言論の府とは言い難い発言である。
 「女性が輝く」「女性の役割を尊重する社会」などといった、自ら掲げた政権のスローガンを当の本人が破り捨てるような言葉を臆面もなく口にする。成長戦略の柱とも言った女性への尊敬の念などまるでない。
 そうした傲岸不遜な態度を、どこかに置き忘れたかのような屋久島の避難所でのしおらしい言葉に安倍首相の老獪さ∞計算づく≠ェ見える。
 不安をかこつ住民の声に耳を傾け、精一杯の努力、支援を約束する映像は、何とも情≠ノ満ちて国会審議での横柄さも薄めてくれるようだ。首相が膝を折って、目線を同じくして語り掛けられれば、純朴な住民は「首相が支援を約束してくれた」と喜ぶのは当然だ。
 膝を折って同じ目線で被災者と言葉を交わす―――天皇、皇后両陛下の被災地慰問の姿だった。ひょっとして、首相も両陛下の真摯な姿を思い浮かべ、真似たのかもしれない。
 国会審議で野党の追及に「丁寧に説明する」「寄り添って」などと言いながら、現実は安保法制にしろ、沖縄・辺野古問題にしろ、国の方針をごり押しにしている。そんな首相が国会での独演がウソのようなしおらしい姿をテレビで何度も見せられれば、視聴者の心象も少しは揺れるというものだ。テレビニュース映像の効果は大なのである。 
 首相は今回だけでなく、東日本大震災で甚大な被害を蒙った岩手、宮城、福島の3県へ頻繁に足を運んだ。「東北の復興なくして、日本の復興はない」と、何度言っただろうか。
 首相の被災地訪問は、不思議と国政が熱くなっている時期に重なる。日程の都合だと言われればそんな理由も否定しないが、首相の硬軟両面の素顔がタイミングよく組み合わされている。今年2月の岩手、宮城県の被災訪問は施政方針演説を終えた直後(同月末は福島訪問)、5月末の訪問は安保法制を巡る与野党の駆け引きがヤマ場に差し掛かっていた時期だ。
 首相の東北被災地訪問は20回を超えた。「月に1回は被災地を見る」の約束を守っている。その行動力は認めるが、誰もが気になるのは訪問先の「復興ぶり」だ。復旧から復興が着実に進む地域を見せたいと思う首相側近の気持ちは分からいではないが、もっと生々しい被災地の現状、住民が寄り付けない地域を首相の目に留まらせることがなぜできないのか不思議でならない。
 
posted by 裁判官 at 23:02| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年06月13日

安倍パフォーマンスの足元を衝く

尖閣列島海域の雲行きがおかしくなっている。

中国軍が海域での公船による警戒から無人機を投入しての監視強化に乗り出すという。

http://www.47news.jp/CN/201506/CN2015061201002192.html

一方、中国は浙江省温州に大型基地建設を計画、尖閣海域への監視態勢をさらに強めるという。

http://mainichi.jp/shimen/news/20150613dde001030061000c.html?fm=mnm

まさに、尖閣海域は「波高し」である。

わが政権、貧弱な自衛隊の手勢を知ってかしらでか、世界のどこにでも自衛隊を派遣したいようだが、肝心の日本周辺の安全保障を一体どう手当てするつもりなのかが全くない。

かつて民主党政権の「政治遊び」には辟易したが、安保法制論議は、性懲りもなく同じことを繰り返しではないか。

中国の警戒態勢強化は、集団的自衛権行使の安保法制で混乱する安倍政権の足元を見てのゆさぶりだ。

現状は文字どおり、矛盾・・・「矛」と「盾」のつばぜり合いの状況を呈している。

中国の出方に過敏に反応するのは下の下、国民の与り知らぬ気宇壮大な積極的平和主義がもたらした東アジアの緊張≠セ。

意味の分からぬ「戦略的互恵関係」という念仏にかまけて、真の外交を脇に置いたやり口は底が見えている。

戦争を知らぬ政権の暴走に歯止めをかける手立てを、皆で考えましょう。

posted by 裁判官 at 23:24| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする